こんにちは。木山音楽教室ピアノ講師の滝まりなです。
今回は音楽の大事な要素のひとつである装飾音についてです。
装飾音とはその名の通り、音符を飾るために付け足す音のことで、音と音どうしをつなげたり、ある音を強調したり、演奏表現には欠かせないものです。
これらは楽譜には省略されたり記号で書かれていることが多いので、実際どのように演奏するかはそれぞれの演奏者に任されています。
しかも、同じ記号であれば毎回同じように弾けば良いのではなく、作品の性質や年代を考えて弾き方を変えなければいけないともよく言われ、どのようにすればよいか迷ってしまうことが多々あります。
バロック時代の理論書『カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ 正しいクラヴィーア奏法』(1753年)※1を中心に、時代を少し下った『フンメルのピアノ奏法』(1828年)※2も参照しながら、装飾音の種類と弾き方のヒントを探してみたいと思います。
※1ヨハン・セバスチャン・バッハの次男であり作曲家のカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714-1788)によるピアノ奏法の理論書。
※2モーツァルトの弟子でもあった大ヴィルトゥオーゾ・作曲家、ヨハン・ネーポムク・フンメル(1778-1837)によるピアノ演奏の手引き書。
カール・フィリップの本からフンメルの本まで100年も経たないうちに、装飾音の記譜のしかたにもかなり違いが出てきています。
時代が進むにつれて、楽器の演奏が職業音楽家だけのものから、一般家庭の愛好家たちまで広がっていったことで、音楽家たちの間で暗黙の了解とされていたルールも、細かく楽譜に書き記す必要が出てきたためと考えられます。
楽譜に記される装飾音の分類にも、時代による変化が見られますが、ここでは「前打音」、記号で書かれた「トリル」、「ターン」についてを見ていきたいと思います。
まずは「前打音」です。通常の音符と一見同じように書かれているように見えるものと装飾される音の左隣に小さく書かれる、小音符の形のものがあります。
小音符の形で書かれるものにも2つの種類があり、
①その音価が変わるもの(「可変的前打音」)
②いつも決まって短く奏されるもの(「不変的短前打音」)
の2つです。これはたんに「長前打音」、「短前打音」と呼ばれることもあります。
①長前打音
カール・フィリップによると、これまで長前打音はすべて8分音符で書かれていたものが、最近は演奏するべき音価で書かれるようになってきているとあります。
長前打音の有名な例といえば、ペッツォールト(バッハ伝)の「メヌエット ト長調」にも出てくる小音符です。小さい8分音符の「シ」は、4分音符の「ラ」といっしょに8分音符ずつ音価を分け合って演奏されることが多いです。
そしてこうした小音符はすべて、装飾される音符より強く弾いて、レガートでやさしく後続音符へつなげます。このときの表現をアプツゥーク(Abzug)というそうです。
4分音符、8分音符など2つに分けられる音価の音符につく前打音はその半分の音価、付点音符など3つに分けられる音価であれば、その3分の2の音価が前打音に割り当てられます。
フンメルの時代には、長前打音は小音符でなく普通の音符と同じ大きさで小節の中に割り振られるようになって、小音符での記譜がまれになりつつあったことを示していますが、アクセントの置き方と音価についての記述はカール・フィリップと共通していました。
②短前打音
短い音符や、特定の音形で付けられることが多く、装飾される音の音価をほとんど奪わないくらいに短く演奏します。
このような前打音を、前の音の拍に食い込ませて演奏してしまうことは、よくある許されない誤りだと厳しく戒められています。
カール・フィリップのいう短前打音が、見た目上は長前打音と同じであったのに対して、フンメルは「長前打音と区別するため、8分音符の符尾に斜線を入れた形で示す」としています。
さらに長前打音とは違い、アクセントは装飾される音の方につくので、短前打音は「アクセントを引き起こす前打音」であるとも述べています。
バッハの時代には斜線の入った前打音はありませんが、のちの時代の校訂者が短前打音と判断して、斜線を入れることがあります。
前打音がどれほどの音価を持つのかについては解釈の余地が大きく、演奏者間でも大きく異なる弾き方をしているのを耳にすることもあります。
次回は、「トリル」「ターン」の装飾について見てみたいと思います。
滝まりな
(センター南教室・ピアノ/絶対音感/ソルフェージュクラス担当)